ラピダスへの政府支援5兆円は食品消費税8%分

次世代半導体企業を支援するための情報処理促進法などの改正法が25日の参院本会議で可決・成立したという報道です。この法律改正の真の目的は、2nm半導体の受託生産を目指すラピダスに政府が出資することやラピダスの銀行借入に政府が債務保証することを可能とすることです。ラピダスには2年間で1兆7,225億円の補助金が支出されています。これは北陸新幹線長野-金沢間の建設費に相当します。こんなに簡単にこれだけの金額が支出できるのなら北陸新幹線はもっと早く完成できました。この法律により政府は近々ラピダスに1,000億円出資し、その後必要となる約3兆円の銀行借入に政府保証と付けようとしています。ラピダスの現在の資本金は73億円で全額民間企業出資ですが、7社(キオクシア、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、トヨタ自動車、NEC、NTT)が10億円で並び1社(三菱UFJ銀行)が3億円であることを考えると、出資各社はお付き合い出資であることが分かります。補助金で購入したラピダスの資産は補助金の出し手であるNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の所有となっていますが、NEDOはこれを現物出資に切り替え株式を取得することが予定されています。この結果NEDOが断トツの筆頭株主になり、ラピダスは国有企業となります。

政府が1,000億円出資した後民間からも同規模の出資を得るという話になっています。現在メガバンク3行が50億円ずつ出資すると報道されていますが、これには政府保証による融資の利息収入の一部が充てられることになります。その他の出資会社についても出資額は購入設備やサービスの価格に上乗せすることになると考えられます。そうでないとラピダスへの出資は回収不能あることから決裁が得られません。

何故回収不能かと言うとラピダスが成功する見込みは無いからです。10%とか5%くらいあるだろうと言う人がいると思いますが、投資においてこういう数字は意味がありません。現在生産されている最先端半導体は3nmでTSMCだけが生産しています。そもそも3nm半導体を必要とする顧客が少なく米国のApple、NVIDIA、Qualcomm、AMDなどに限られます。これらの会社は全てTSMCに発注していますが、それはTSMCが生産技術を確立しており、確実に生産し納品してくれるからです。世界第二位の受託生産企業である韓国サムスン電子も生産できると言っていますが、顧客の信頼が得られていません(不良品が多い)。サムスン電子に続くのは中国のSMICですが、現在5nmの生産に留まると言われています。SMICは中国政府に後押しされ短期間に世界三位まで成長しましたが、3nmの生産にはまだ時間が掛かると言われています(3nm半導体の生産に必要な極端紫外線露光装置を米国の輸出規制で入手できない)。これ以下の半導体受託製造会社は先端半導体の生産は諦め、汎用半導体に注力しています。

これを見ると2nm半導体の生産が如何に困難か分かります。TSMCもここまで来るのに40年近い年月を要しているのです。それを半導体生産経験が全くない新設会社がやろうと言うのですから、荒唐無稽の試みであるのは明らかです。TSMCは元米国の半導体企業テキサツインスツルメントのエンジニアでCEO候補だったモリス・チャン氏が台湾に帰り、台湾の工業技術研究院の支援を得て設立した会社です。当時チャン氏は53歳であり、十分時間がありました。それに対してラピダスは70歳を超えた元経営者をトップに据えており、この点でも成功はあり得ません。

現在TSMCは米国の顧客のために米国アリゾナ州に工場を作り3nm半導体を生産していますが、トランプ大統領に迫られ更に15兆円を投資し3つの先端工場を作ると約束しました(アリゾナに建設予定の3工場にプラスして)。これで米国の顧客向けは米国工場で生産できるようになると予想されます。日本には2nm半導体を大量に使う顧客は存在せず、ラピダスも米国の顧客から受注することを想定していましたので、ラピダスの目論見はこの点でも頓挫したと言えます。

このようにラピダスプロジェクトはそもそも成功が全く見込めないものであり、悪手と言えます。ラピダスに投入される約5兆円の金額は、現在各政党で減税が議論されている食品への消費税8%に相当します。これについて自民党は社会保障費の財源になっているとして反対の方針ですが、これと同額のラピダスへの支出は簡単に承認されています。この5兆円は将来増税や社会保障費の引上げと言う形で国民が負担することになります。