ラピダスは子供が横綱に挑戦するようなもの
7月18日2nm半導体の受託生産を目指すラピダスは建設中の新工場がある北海道千歳市内のホテルでカスタマーイベントを開催し、試作品で動作を確認できたと発表しました。小池社長は「例のないスピードで実現した。これは日本初であり、画期的なことだ」などと強調したと言うことですが、本当にこの言葉の通りならもっと前に発表しています。
この報道に対するヤフコメを見ると日本の半導体産業復活の第一歩と期待する声もありますが、業界に詳しい人の中では大した意味はないという声が多いようです。
ここでと言っていることは、何百個、何千個作ってみてちゃんと動いたのが数個あったと言うことであり、大学の研究室や企業の研究所でよくある話です。このレベルで成功している企業は世界に相当あると思われます。そもそもラピダスを技術支援しているIBMがこのレベルです。IBMは2015年には半導体事業をグローバルファウンドリーズ社に譲渡(しかも約1,500億円払って)しており、以後半導体は生産していません。従って先端半導体を事業レベルで大量生産した経験はありません。IBMは韓国サムスン電子や米国インテルにも先端半導体の開発生産で技術支援したようですが、いずれも大量生産で躓いています。現在最先端である3nm半導体の生産に関してはTSMCが唯一顧客が満足する製品を生産できるレベルにあるようです。3nm以下の半導体はオランダASML社の極端紫外線露光装置を使わないと作れないようですが、この装置がASML社の1社独占であるように先端半導体の生産もTSMCの1社独占になるのは必然のように思われます。どう考えても今後ラピダスがTSMCの対抗馬になるとは考えられず、例えれば相撲を取ったことが無い子供(ラピダス)が横綱(TSMC)に挑戦するようなものです。
この結果これまでラピダスに投入された約1兆7,000億円は国民が増税で負担することになるのですが、この戦犯は誰かと言うと前自民党衆議院議員甘利明氏です。甘利氏は安倍政権時代に環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の日本側交渉責任者を務め実績を上げ、経産大臣、自民党税制調査会長、同幹事長を務めた大物ですが、自民党の政策調査部会では経産部会が長く経産族のドンという存在です。経産省の新規プロジェクトについては甘利氏を通さないと進まないし、甘利氏を通せば何でも通る(予算が付く)状態でした。それは同じ経産族である岸田首相の信頼が厚いことがありました。甘利氏と岸田首相がいなければラピダスプロジェクトはここまで来ていないと言ってよいと思われます。
7月19日のダイヤモンドオンラインに甘利氏の影響力の大きさを書いた記事がありました。2024年12月、江東区有明の展示会場ビッグサイトで開催されたセミコンジャパン2024)で基調演説した甘利氏は次のように述べています。
「半導体の世界で常識が覆されつつあります。1つは、開発や設計に専念するファブレス企業がこの世界を仕切るという常識です。ファブレスが半導体の世界を仕切っているのか。私はそうは思いません。いま半導体の世界で一番のリスクは、どんどん進化している設計を、高い歩留まりで正確に製品として量産できるファウンドリーが(TSMC以外に)ないということです。(微細度が)3ナノや2ナノになったらTSMC以外はついて来られなくなりました」
「先端品はTSMC1社に誰もが生産を委託しなければならない時代になる。これは世界の大きなリスクです。もし台湾海峡が(中国に)封鎖されるような事態になれば、先端半導体の供給が世界のほとんどで止まり、リーマン・ショックの何倍もの経済ショックが襲ってきます。TSMCと同等か近い技術を持つファウンドリーをどう作るか。それが世界のリスクを低減します。ラピダスの存在意義はそこにあるわけであります」
この発言につきこのライターは「甘利氏の危うい思い込み」と書き、その理由を開発や設計に専念するファブレス企業の存在を軽く考えているからとしています。TSMCがここまで伸びたのは台湾に優秀なファブレス企業が複数あるからだと言うのです。確かにこの指摘は当たっているように思われますが、それと同時に甘利氏の論理がそもそも破綻していることが指摘できます。「3ナノや2ナノになったらTSMC以外はついて来られなくなりました」ならラピダスを作り対抗する(補完する)という話にはなりません。世界にはTSMCの他サムスン電子やインテルと言った半導体生産の巨人があり、TSMCに対抗できるとすればこれらの企業ということになります。少なくとも半導体生産経験のない企業を作って対抗するなどという発想は荒唐無稽です。更に日本には先端半導体のユーザーがいない状態であり、先端半導体のニーズはありません。その結果経済安全保障という大義も存在しません。経済安全保障という大義なら熊本へのTSMC誘致で十分です。このようにラピダスプロジェクトは頭から論理が破綻しており、これを政治力で推し進めた甘利明前衆議院議員が戦犯です。