ラピダス東会長の老いの一徹

2026年1月10日付日経電子版トップページに「日本の半導体復権、最後のチャンス ラピダス・東哲郎会長」という記事が掲載されました。

「日本が、かつて世界一だった半導体産業の復活に挑んでいる。その中心は最先端半導体の国産化を目指すラピダスだ。北海道に建設した工場で2025年に試作を始め、官民から7兆円もの投資をつぎこむ一大プロジェクトに突き進む。半世紀近く業界に身を置き、自らラピダスを設立した東哲郎会長は「これを逃すと後はない」と強調する。」

と書き出しています。東会長の執念を称賛する記事のようですが(会員限定記事なので内容は読めず)、間違っています。これは東会長の成功体験から来る「老いの一徹」です。

東会長は46歳で半導体装置メーカー東京エレクトロンの社長に就任し、東京エレクトロンを世界有数の半導体装置メーカーに育て上げた名経営者です。

東京エレクトロンは1963年に電通出身の小高敏夫氏と日商(現双日)出身の久保徳雄氏がTBSの出資を得て設立した東京エレクトロン研究所が源流です。創業者2人が技術者ではないため技術よりもマーケットニーズを重視して成功した企業です。今でいうならキーエンスに近いと思われます。東会長も技術者ではなく営業で実績を上げて経営者に上り詰めています。東会長は1996年に代表取締役社長に就任し、2003年には取締役会長就任、リーマンショックによる業績不振により2005年代表取締役に復帰し以降2015年まで東京エレクトロンの経営の中心に居ました。

東京エレクトロンは現在時価総額約18兆円(東証8位)あり、日本の半導体関連トップ企業です。2025年3月決算は売上高2兆4,315億円、経常利益7,077億円、自己資本比率70.1%を誇る超優良企業です。

従って経産省(というより経産族のドンだった甘利明衆議院議員)が東氏をラピダスの会長に担ぎ出したことには理由がありますが(本記事ではラピダスは東会長が設立したとなっているが、これは日経がよくやる経産省と一緒になった偽ストーリーメイキング。ラピダスは経産省がトヨタなど8社に出資を求め設立した補助金受け皿会社)、ラピダスの事業目的からするとミスキャストと言えます。なぜならラピダスは2nm以下の先端半導体の製造受託を目指す会社であり、トップには半導体製造技術に造詣が深い人が望ましいからです。世界一の先端半導体受託製造企業である台湾TSMCは、米国の半導体開発製造企業テキサスインスツルメンツ社のCEO候補だった技術者モリス・チャン氏(当時53歳)が台湾政府の支援を得て設立した会社ですが、これはモリス・チャン氏が半導体製造に関して世界最先端の技術的知見を有していたことから実現したものです。従ってラピダスがTSMCに倣い先端半導体の受託製造を目指すのなら、トップは半導体製造に関して世界有数の技術的知見を持つ人でなければならないことになります。東会長の場合、マーケットニーズを掴む、顧客開拓で優れた才覚を持っている人であり、ラピダスに現在求められている人ではありません。この部分は小池社長の役割と思われますが、小池社長は2000年以前の旧世代の半導体技術者であり、先端半導体の生産に関しては知見を有しません。ラピダスには800人以上の技術者がいるようですが、最近平均年齢が50歳を切ったと言われており、多くが旧世代の半導体技術者と思われます。政府でラピダスプロジェクトを所管する西川和見大臣官房審議官は日経のインタビューに「日本だけなら2秒で失敗」と述べており、日本人による先端半導体の製造は不可能と認めています。これをIBMからの技術導入で補う意図のようですが、IBMは2015年に半導体生産から撤退しており、先端半導体を事業レベルで生産した実績がありません。またIBMはサムスン電子やインテルの先端半導体生産を支援していますが、どこも成功していません。従ってIBMの支援によりラピダスがTSMC並みに先端半導体を生産できるようになる可能性は極めて低いと言えます。

東会長の「これを逃すと後はない」という言葉は、生き残れる可能性がわずかしかない戦場で勝つノウハウがない指揮官が兵士に突入を命じるようなものであり、「老いの一徹」としか思えません。東会長もこのことを理解しており、自分の出身母体である東京エレクトロンには出資を求めていません(東京エレクトロンはTSMCの重要パートナー企業)。

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