格闘技で暴力をコンプライアンス違反に問うか?
2月27日、大相撲の伊勢ケ浜親方が弟子の幕内伯乃富士に暴力を振るい、日本相撲協会が処分を検討していると報道されました。伊勢ケ浜親方と言えば白鵬部屋の暴力問題で白鵬部屋所属力士を預かっており、暴力問題の重大さを良く知っている人ですから、伊勢ケ浜親方本人が暴力を振るったというのは驚きです。稽古中に力士が暴力行為を行ったか、親方の指導に反抗的な態度をとったのかと想像していたら、28日の報道では暴力を振るわれた伯乃富士が酒席で酔い女性に絡んだことが原因と言われています。瓶で殴ったとなっており、相当の悪態だったことが想像されます。親方は伯乃富士と酒席に居合わせた他の力士を伴って相撲協会に届け出て事情を説明したとなっており、従来の暴行事件とは異なる経緯となっています。一般社会で言えば喧嘩を止めに入った人がカッとなって喧嘩をしている人を殴ってしまい、その後喧嘩の当事者と一緒に警察に行って事情を説明した感じでしょうか?これって事件になるのでしょうか?殴られた本人が事件と思っていないとしたら事件にはならないでしょうし、関係者全員で警察に行くこともないと思われます。本件の場合も殴られた伯乃富士が問題にしないのであれば相撲協会に届け出る必要もなかったのでしょうが、現場に相撲関係者以外が居て後日彼らからマスコミや協会にリークされれば厄介なことになることから、届け出たものと思われます。従って本件は事件性がない(被害者に被害感情がない)と言ってもよいくらいです。
過去の事件を見ると朝青龍は一般人に暴力を振るい、貴ノ岩と貴ノ富士は付け人に暴力を振るっており、一般人の暴力事件と同等な事件です。日馬富士が巡業中の飲食の場で貴ノ岩の態度に腹をたて殴ったのが本件に近いですが、本件の場合女性に絡んだのが原因とすれば親方の指導的行為と考えられます。学校で先生が指導の一環として軽度の暴力を振るった(ビンタやゲンコツが多い)場合には刑事事件とされておらず、同じような状況のように思われます。
私は相撲のような格闘技の世界で被害者が訴えていないのに暴力を問題にするのは行き過ぎのように思われます。格闘技の世界は力自慢、喧嘩自慢の若者が多く、練習中に熱くなり殴り合いに発展するのは日常茶飯事だと思われます。これを止めるのは容易でなく、多人数で止めるか、更に強い年長者が止めるか、指導者が指導者権限を行使して止めるかしかないように思われます。指導者が口で言って止まればよいですが、相手も熱くなっており言うことを聞かない場合も多いのは容易に想像できます。その場合近くったあった道具で殴るのは指導の範囲とも言えます。相手は格闘技者という特殊な世界であることに留意する必要があります。
こう考えると大した事件性がない本件についてマスコミが騒ぐのは、弟子の暴力事件で相撲協会が白鵬親方を過剰な処分にしたことが背景にあります。あの場合、事件を起こした力士は廃業で、白鵬親方は数カ月の謹慎処分や減給処分で十分でした。事件と不釣り合いな処分をしてしまったことから、本件のような社会的に問題にならないような事件まで処分をしなくてはならなくなっています。
格闘技の世界の暴力事件に過剰な処分は馴染みません。本件は相撲協会のコンプライアンス委員会で審議されるとのことですが、相撲のような格闘技の世界と企業のような団体のコンプライアンスでは、暴力に対する基準も大きな差があるのが当然です。格闘技の世界では、暴力と試合・稽古・練習の境目が微妙であり、他の団体と同じようには扱えません。相撲界において関係者間で起きた暴力はコンプライアンス委員会で審議するのではなく、相撲仲裁所を設けて暴力の当事者、親方、協会、力士代表、第三者で作る委員会で審議し解決をはかるべきです。基本暴力が一般人に対してなされていない限り相撲界内のいざこざであり、コンプライアンスのような社会規範違反を問うものではないと考えられます。そうしないと格闘技としての相撲がつまらなくなります。格闘技の世界でコンプライアンスが幅を利かすと、そのうちプロレスの場外乱闘まで処分の対象になってしまいます。