日本の停滞は制度疲労が原因

日本は1990年をピークとして10年以上低迷を続け、この4,5年少し持ち直してきましたが、今度は人口減少の大波に襲われそうで、明るい展望が開けません。一方中国や東南アジアは、かつての日本を思わせるような昇竜の勢いです。最近の訪日観光客の増加の大部分は中国を中心としたアジアの国々であり、豊かさの中心は、日本から中国や東南アジアに移ったと思われます。最近日本も企業業績の持ち直しにより、経済的には好調のようですが、今後に対して楽観している国民は少ないように思います。

今の停滞した日本を招いた原因は、日本の社会の制度疲労にあるように思います。例えば、日本の地方制度は江戸時代に確立された藩をベースにした制度を400年以上続けています。1871年に廃藩置県により藩から県に呼称を変更したに過ぎません。結局、江戸時代に確立した中央集権制度をそのまま約400年続けてきたことになります。この制度は、地方を小さな単位に分けることで、地方の財政力や企画力を奪い、中央政府の意向を浸透させるには有効な制度です。特に明治維新のような西洋国家という進んだ国家があり、それをキャッチアップすればよかった時代には、有効な制度だったように思います。しかし、現代のように、多くの面で西洋諸国にキャッチアップし、西洋諸国の物まね政策では通用しなくなった時代においては、官僚機構の能力不足や政治の旧態性と相まって、弊害が多くなってきています。もう道州制を導入し、各道州を1つの国と見なして競争させる分権性に移行した方がよいように思います。

また教育についても、明治維新による西洋教育制度を採用してから、約150年変わっていません。いまでも暗記教育、平等教育が重視されている結果、各人が持つ才能を十分伸ばし切っていないと思われます。これから日本が世界の先進国であるあり続けるためには、個人の突き抜けた才能を伸ばすことが必要です。世界中で通用する製品やサービスはほんの一握りの突き抜けた才能を持つ個人が生み出します。従って、そういう個人が育つ教育制度に変更する必要があると思います。現在では、今の制度疲労をおこした教育を反面教師とした私立の中高一貫校が東大や医学部入学者の大部分を占めるようになっています。これらの私立中高一貫校には、全国のトップクラスの中学・高校生が入学し、その生徒のレベルに合わせた授業が行われるのですから、公立中学・高校生が追いつくのは不可能です。そしてその格差が社会人となってからも維持されますから、その後の生活格差になっていきます。教育は、中学から才能別教育に移行し、勉強が得意な人、スポーツが得意な人、芸術が得意な人、職人的気質の人など個人の才能に応じた進路を用意すべきだと思います。人は、生まれつき持っている強みに依拠しない限り、納得感ある人生を送ることは不可能です。

このように日本の社会制度の多くは、賞味期限を過ぎ、変える時期になっていると思われます。