法務省の定年延長決裁書面、取らなかったのではなく取れなかった?

2月21日、法務省は黒川東京高検検事長(以下黒川検事長)の定年延長に関する法解釈を変更する省内決裁を書面で取っていなかったことが明らかになりました。前日の衆議院予算員会で森法務大臣は「部内で必要な決裁を取っている」と答弁していました。必要な決裁とは当然様式が整った書面の決裁になります。会社においても書面がないと後で「俺は知らなった。」という人が出て来る可能性があることから、書面による決裁が必須となっています。ましてや国の最高機関である中央官庁にとっては基本中の基本となります。書面による決裁が行われなかった理由は、1つしか考えられません。それは、書面による正式な決裁書だと押印しない人がいたからです。具体的に言うと稲田検事総長が押印しなかったと考えられます。

今回の黒川検事長の定年延長問題は、安倍政権が安倍政権への貢献が大きい黒川検事長を次の検事総長にしようとして、黒川検事長が63歳で定年になる前に、稲田検事総長に勇退を迫ったところ、稲田検事総長が拒否したことから始まったと考えられます。稲田検事総長は慣例である2年の任期(2020年8月)まで相当の期間が残っていますから、当然のことでした。また検察の政治からの独立を守るため次の検事総長は現検事総長が指名するということがこれまで慣例として行われてきましたから、今回政治の介入でこの慣例が破られれば今後検事総長は政治任命となってしまいます。稲田検事総長はこれだけは阻止する決意だと思われます。

安倍政権は、黒川検事総長を実現するために、昨年9月の内閣改造で検察官出身の山下真司法務大臣を就任僅か1年で河井克之首相補佐官(衆議院議員)に交代させています。これは検察官出身の山下法務大臣は、検事総長人事に政治が介入することに反対する可能性が高かったため、安倍首相の忠実な部下である河井首相補佐官を法務大臣に送り込んだと考えられます。そして河井法務大臣は就任早々稲田検事総長に勇退を迫ったと考えられます。それを知った検察人事への政治介入を嫌う検察独立派が河井法務大臣の妻の河井案里参議院議員の公職選挙法違反事件を持ち出し、河井法務大臣を辞任に追い込みます(2019年10月31日)。これに対して安倍政権では、安倍派で弁護士資格を持ち安倍首相の子飼いである森まさ子衆議院議員を法務大臣にして、黒川検事総長実現を目指します。検察に対して一歩も引かない姿勢を見せたことになります。そして森法務大臣も法務省内で黒川検事総長実現に向けて動いたと考えられます。そこで検察が打った手がIRに関する贈収賄事件で秋元  司衆議院議員を逮捕することでした(2019年12月25日)。この事件では、贈賄側からお金を貰った議員は複数おり、議員の逮捕者が増える可能性があります。安倍政権が検事総長人事に介入すれば、政治家の逮捕が増えるよという牽制の効果があります。

こうして安倍政権と検察独立派の戦いは2020年に入ります。黒川検事総長の63歳の定年が迫る中で、安倍政権が取った手が法律の解釈の変更による定年延長でした(2020年1月31日)。国家公務員法の特別法である検察庁法では、定年は63歳と規定していますが、勤務期間の延長については規定がなく、これについては国家公務員法の勤務期間の延長の規定が適用されると解釈し、黒川検事長の勤務期間を定年の2月8日から8月7日まで半年延長したのです。これまでの解釈では検察官は63歳で定年となり、これを超えて勤務することはないと解釈され、運用されてきました。これを法務省が解釈を変更し、閣議で了承をとったから、政府による解釈の変更だというのです。

これは解釈の変更というレベルを超え、検察庁法の改正に該当することは誰でも分かります。これでは安倍政権は国会に代わり立法権まで持つことになります。政権が権力を一手に握る独裁国家の様相です。

これには検察権の行使には政治的独立が欠かせないという考えを持つ多くの検察官が反発するのは当然です。その筆頭が稲田検事総長であると考えられます。法務省内での解釈の変更には、当然法務官僚トップである検事総長の同意が欠かせません。森法務大臣は稲田検事総長に同意を迫ったと考えられます。しかし、稲田検事総長が同意すれば黒川検事総長の定年延長の期間内に検事総長を黒川検事長に譲ることに同意したことになりますから、稲田検事総長としては同意できません。従って、書面による決裁書には稲田検事総長の署名(押印)は期待できないことから、書面の決裁書は作成されなかったと思われます。即ち、書面の決裁書は作成しなったのではなく、作成できなかったのです。しかし、最終決裁権者は法務大臣であることから、稲田検事総長の反対を押し切り、森法務大臣が口頭で決裁したという体裁にしたものと思われます。これは実質的には森法務大臣の指揮権発動と言えます。