安倍首相の「日産社内で片付けてほしかった」が検察の離反を招いた

検察が河井案里参議院議員と夫の克行衆議院議員の公職選挙違反の捜査を強化しているとの報道です。広島地検の単独捜査から東京地検特捜部との共同捜査に移行しているようです。そうなると陣容が大幅に強化されますから、捜査対象が広がります。広島の有力県議や市長が克行議員からお金を貰った容疑で事情聴取や家宅捜索を受けたという報道です。

3月30日に広島高検検事長が交代しており、案里議員秘書起訴→裁判で有罪→連座制で案里議員失職、克行議員は証拠不十分で不起訴のシナリオを予想していましたが、ここまではそうでもなさそうな雲行きです。しかし、やるだけやったと見せかけて証拠不十分で不起訴の筋書きだと思います。

東京地検と言えば、安倍首相が横紙破りの検察庁法の解釈変更までして定年を延長し、検事総長に据えようとしている黒川東京高検検事長の管轄下にあります。普通なら黒川検事長の指示で、克行議員不起訴で幕引きが図られるところです。今は検察内にそれを許さない雰囲気があるのかも知れません。その1つは黒川検事長の定年延長により検察が政治の支配に下ったという印象を払拭したいということだと思われます。

そしてもう一つは、安倍首相に検察の失態を認める発言があったことです。それは2020年1月8日の発言です。この夜安倍首相は数人の財界人と会食しています。その場に河村建夫衆議院議員も同席していて、会食後記者から会食の模様を取材された河村議員は、ゴーンの話題が出て安倍首相は「日産社内で片付けて欲しかった」と言っていたと述べたのです。ここから財界人がゴーン逮捕(およびレバノン逃走)に衝撃を受けていたことが分かります。また安倍首相の発言から、財界人から「あれは社内問題であり検察が介入する問題ではなかった」との発言があったことが予想されます。それに対する安倍首相の発言がこれだったのです。

これは財界人としては普通の感想であり、安倍首相の発言も会食の中の発言としては財界人に配慮した発言として問題ありませんでした。しかし、これが外に漏れ報道されるとそうは行きません。この報道はその後マスコミでは殆ど話題として取り上げられませんでしたが、これは政府からマスコミにそういう要請があったからだと思われます。これをテレビなどで取り上げると大ごとになったからです。これは日本のトップである首相が検察の1案件を取り上げて過ちであったと批判したことを意味するからです。これを聞いた検察幹部は激怒したと思います。何故ならば、時間が経つにつれゴーン逮捕は検察の暴走という見方が増えて来ていた中で、首相がこれを認めたことになったからです。また、前年年末にゴーン容疑者にレバノンに逃亡されるという失態を犯しており、安倍首相の発言はこれに追い打ちを駆けたことになりました。

それまで検察は安倍首相に協力し、甘利衆議院議員のあっせん利得罪容疑を不起訴にしていますし、森友事件では財務省幹部などの公文書偽造などの容疑を不起訴としています。この2つは普通なら明らかに起訴でした。それを官邸の意向を受けた黒川検事長が当時法務省官房長や事務次官として検察幹部と折衝し、不起訴に持ち込んだと考えられます。もし森友事件の不起訴が無ければゴーン逮捕もなかったと思われます。それは森友事件を大阪地検特捜部が不起訴にしたことに対し、東京地検特捜部としては、あれは当然起訴すべき案件だったと考えていたと思われます。そんな中東京地検特捜部ここにありということが示せる事件を待ち望んでいたところにゴーンの有価証券報告書不実記載の情報が寄せられたものと思われます。これは黒川事務次官(次の検事総長と目されていた人)が尽力し実現に漕ぎつけ、2018年6月から使えるようになった司法取引制度の有用性を世の中に示す絶好の機会でもありました。またこれにより黒川検事総長が実現した暁には、担当者の評価の上で有利に働くとの考慮も働いたかも知れません。こうして行われたのがゴーン逮捕でした。

しかし、検察幹部および多くの検察官は、程なくこの逮捕は間違いであったことに気付いたと思われます。しかし、逮捕してしまったからには起訴し、長期の裁判で責任の所在をうやむやにするしかありません。そんな葛藤の中での安倍首相の発言は、検察幹部、特にゴーン逮捕を決裁した稲田検事総長の胸に突き刺さったと考えられます。また安倍首相もこの河村議員の発言を聞き、激怒したはずです。稲田検事総長ら検察幹部の怒りは手に取るように分かるからです。黒川検事長の定年延長は、これによりこじれた検察との関係を、黒川検事総長を実現して修復する狙いがあったものと思われます。しかし、これはゴーン逮捕を決裁した稲田検事総長に勇退を迫ることでもあり、稲田検事総長としては、最後の仕事として河井案里議員および克行議員の捜査を強力に進める決意をしたものと思われます。

このように1月8日夜の安倍首相の一言が、というより河村議員の思いも掛けない漏洩が、安倍政権と検察の間に深刻な亀裂を生んでしまったと考えられます。