山中教授、コロナおじさんにはならないで

2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞し、現在京都大学iPS研究所の所長を務める山中伸弥教授が政府の新型コロナウイルス対策の効果を検証する有識者会議(コロナ対策検証会議)のメンバーに就任したという報道です。そして北大の西浦教授との対談で「対策をとらなければ、日本でも何十万人という方が亡くなってしまうというのは、もう間違いない」と述べたと言う報道です。西浦教授と言えばこれまで厚生労働省のクラスター対策班に参加していた人で、4月15日、不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合は、流行収束までに国内で約42万人が死亡するというデータを公表した人です。1人の感染者が新たに2・5人の感染者を生むと想定し、行動制限をまったくとらなければ、約85万人が重篤化して人工呼吸器が必要になり、死者数は、中国で報告されている重篤患者の致死率49%をあてはめることで算出したということでした。当時世界で一番感染者が多かった米国で約61万人が感染し、死者は約27,000人でした。現在米国の感染者数は約420万人で、死亡者数は約15万人です。日本では7月26日のデータで累計30,662人が感染し、死亡者は997人となっています。

西浦教授のこの42万人死亡予測に対しては、当時も非科学的予測だという強い批判がありました。西浦教授は8割接触を減らせば感染者が大きく減り、死亡者を減らすことが出来ると述べており、この予測の狙いは、接触を8割減らさせることにあったものと思われます。そして政府はその翌日緊急事態宣言を全国に拡大し、接触を8割減らすよう呼びかけました。その結果、8割とは行かずとも6,7割減り、感染者数が減少に転じ、5月25日には緊急事態宣言を解除する状態になったのですから、西浦教授の感染者を減らすという狙いは達成されたことになります。

しかし政府は、6月24日には「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」(コロナ専門家会議)を「新型コロナウイルス感染症対策分科会」に格下げし、その後山中教授らをメンバーとするコロナ対策検証会議を設けました。これは、政府としてはこれまでのコロナ専門家会議の提言に不満があったことを意味します。コロナ専門家会議は提言機関であり、それを採用するかどうかは政府が決めることですが、コロナ対策で失策を重ねた政府は、コロナ専門家会議の提言を丸ごと受け入れて対策とすることで、国民の批判をかわそうとしました。しかし、8割接触を減らすことは、対人商売ができなくなることであり、飲食店や旅館などの対人接触を伴う自営業では収入を断たれ、生活できない状況となりました。これでこれらの人達を中心に反発する声が大きくなり、政府としては専門家会議の提言よりも経済を回すことに重心を移したと思われます。

7月に入り東京都を中心に感染者が激増し、現在の感染者数は4月、5月のピーク時を超えています。感染者の中心が若者であり、重症者が少ないことから病床数に余裕があり、政府はまだ緊急事態宣言を必要とする状態ではないと言っています。これには、また緊急事態を宣言したら経済が滅茶苦茶になると言う考慮が強く働いているのは間違いありません。

こんな状況で山中教授が検証委員会の委員に就任したことには驚きを禁じえません。山中教授はiPS細胞の研究においては世界的権威ですが、ウイルス感染症については門外漢です。もちろん医学者ですから、ある程度共通の基盤があるのは分かります。しかし、ウイルス一筋に取り組んでいた研究者が無力さを晒している中で、山中教授が彼らを上回る知見を持ち、有効な対策を見出せるとは思えません。そして就任早々西浦教授宜しく「対策をとらなければ、日本でも何十万人という方が亡くなってしまうというのは、もう間違いない」と発言しました。これで山中教授は西浦教授に代わってコロナおじさんになるつもりかと思った人は多いと思います。この発言は科学のレベルではなく警鐘家のレベルです。文系のリスクマネジメント専門家でも言える内容です。いくら山中教授がノーベル賞受賞者だからと言って、この発言を素直に聞く人はいないと思います。むしろ門外漢の領域に出て行って評判を落とすことを危惧する人が殆どだと思います。山中教授には科学者の領域に留まり、尊敬されるノーベル賞受賞者でいて欲しいと思います。