91億円を未払金と主張する日産のジレンマ
9月15日、日産の元会長ゴーン被告の共犯として金融商品取引法違反で逮捕、起訴された日産元役員ケリー被告の裁判が始まりました。裁判の焦点は、検察が主張するゴーン被告が有価証券報告書に記載しなかったとされる91億円の支払いが確定していたかどうかという点です。確定していればゴーン被告はこの金額を有価証券取引書に記載しないといけなかったのに記載しなかったとして金融商品取引法違反となります。確定していなければ、有価証券取引書に記載する必要はなく、検察の起訴が間違っていたことになります。
公判前手続きの結果、ゴーン被告の退職後ゴーン被告が91億円を受取る旨の契約があったことは事実のようです。91億円は、ゴーン被告が本来貰うべき年間報酬約20億円と実際に貰っていた年間報酬約10億円の差額の累計額だということです。ゴーン被告はある時期まで年間約20億円の報酬を貰っていたけれど、有価証券取引書に取締役の年間報酬を記載しなければならなくなったため、公表されることとなり高額と批判されるのを恐れて、年間報酬を約10億円に減額し、差額をゴーン被告が日産役員を退職した後受け取る契約をしたということです。支払方法としてはコンサル契約などが考えられていたようです。
ゴーン被告(代表取締役会長)と当時の西川社長(代表取締役社長)がサインした契約書はあるようですが、問題はこの契約が取締役会で承認されていたかということです。各取締役と会社間の取引は、取引を行う取締役と代表取締役のサインでは足りず、取締役会が承認する必要があります。それは2人の取締役による不正を防ぐためです。取締役会で承認されていたら、日産に支払い義務が確定していることになります。承認されていなければ、日産には支払い義務がなく、西川社長に取締役会の承認を取り付ける義務が発生していると考えられます。取締役会の承認があったかどうかについての報道は見当たりません。
もし取締役会が承認していたとすれば、有価証券報告書に記載していないことを知っていた取締役および監査役は多数いたことになります。その結果、これらの取締役および監査役も有価証券報告書虚偽記載について責任があることになり、株主から損害賠償を求められてもおかしくありません。場合によっては背任罪で告発されることもあると思われます。
昨年の2月に西川社長が日産の2019年3月期第3四半期の決算報告をした際、この91億円については「将来支払わなければならなくなるかもしれないから保守的に引当金に計上した。私としては支払うことはないと思っている。」と述べています。ということは、支払い義務は確定していないということになります(確定していれば引当金ではなく未払金に計上される)。日産としては役員が検察と司法取引を行い、ゴーン被告とケリー被告が逮捕・起訴された以上支払い義務が確定している(未払金に計上する)ことにしたかったのでしょうが、監査法人が認めなかったものと思われます。従って、この西川社長の説明からは、支払い義務は確定しておらず、有価証券報告書に記載する必要はなかったことになります。この結果ゴーン被告に91億円支払わなくても良いことになりますから、日産は喜ぶべきことなのです。しかし日産は検察と歩調を合わせて、支払い義務が確定していたと言い張っています。この主張通りなら、今後日産はゴーン被告に91億円支払わなければならないことになります。これは日産にとって損であり、損得で動く経済活動では考えられない態度です。この問題は日産の役員が検察と司法取引を行い、ゴーン被告およびケリー被告を逮捕させたため、経済取引の問題ではなくなっているのです。
本件は2018年6月から使えるようになった司法取引が使える事件を捜していた検察が日産役員から寄せられたこの情報に飛び付いたものと考えられます。司法取引制度を使った初めての事件がゴーン逮捕なら、司法取引制度の有効性のアピールとしては絶大な効果です。ゴーン被告およびケリー被告の逮捕・起訴は、この誘惑に負けた検察がよく吟味せず暴走したために起きたものと考えられます。そうでなければ、有価証券取引書の訂正か、日産の社内で解決する問題として処理されています。ケリー被告の今後の裁判でこのことが明らかになるはずです。当然ケリー被告は無罪ですし、ゴーン被告も逃亡罪以外は無罪です。