官僚の矜持を示す尾身会長とミスター無能田村厚労大臣

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長の発言と行動が注目されています。尾身会長は2021年6月2日の衆議院厚生労働委員会で、東京五輪について「今の状況で(五輪を)やるというのは、普通はないわけですよね、このパンデミックで。そういう状況のなかで、やるということであれば、オーガナイザー(主催者)の責任として、開催の規模をできるだけ小さくして、管理の態勢をできるだけ強化するというのは、私はオリンピックを主催する人の義務だと」 「そもそも、今回のオリンピック、こういう状況のなかで、一体何のためにやるのか。目的ですよね。そういうことが、ちょっと明らかになってないので。このことを私はしっかりと明言することが、実は人々の協力を得られるかどうかという、非常に重要な観点だと思うので」と発言したということです。これは東京オリンピック開催反対とも採れ、明らかに政府批判です。尾身会長は厚生省の医系官僚出身であり、感染症対策の専門家です。退官後も感染症対策では政府専門委員会の委員長や委員を何回も勤めて来ており、政府の覚えが良い御用専門家と見られてきました。コロナ感染が拡大した昨年の春、安倍政権が設けたコロナ専門回会議では副座長を務めていましたが、座長には感染症研究分野の序列に従い国立感染症研究所の脇田所長を据えたためで、委員会終了後の記者会見は尾身副座長が行っており、実質的には尾身副座長が専門家会議の責任者でした。当時は専門家会議の上に基本的方針等諮問委員会があり、尾身副座長はそちらの委員も兼任していましたので、専門回会議が安倍政権が採用できない提言をしないようにするため尾身氏を専門家会議の副座長に送り込んだように思えました。しかし、安倍政権が経済の落ち込み防止を優先する中で、専門会議が「人と人の接触の8割減少を求める外出規制」といった安倍政権の政策に反する意見を次々と発表したため、専門家会議は再編されることとなりました。この結果専門回会議に変わってできたのが今の新型コロナウイルス感染症対策分科会であり、尾身氏が会長に就任しました。これで安倍政権(およびその後の菅政権)は尾身会長を通じて分科会の提言はコントロールできると考えていたと思われます。

たぶん尾身会長と安倍政権との間に亀裂ができたのは、安倍首相(というより当時の菅官房長官)が推し進めたGo-To-Travel政策を巡ってではないかと思われます。感染症対策専門家からすると人流の抑制が最大の感染対策である中でお金を配って人流を活発にする政策は有得なかったと思われます。これは官僚生活が長く、政治家の思考が分かっている尾身会長も許せなかったものと思われます。普通に考えれば経済への影響を小さくするためには、先ず感染症を抑え込むことです。それは台湾や中国、韓国の例が証明しています。ところが菅首相は感染症抑え込みよりも経済の落ち込み防止を優先したのです。これは尾身会長のよう偏差値70を超える人と安倍首相や菅首相のような偏差値50以下の人の埋めがたい頭脳ギャップが生み出したものであり、これ以降尾身会長は安倍首相や菅首相のことは尊敬できなくなったものと思われます。一方菅首相は仕事ができる人は好きですから、尾身会長は使えると評価していたと思われます。そのため6月2日の発言が飛び出す前の記者会見でも尾身会長を同席させ、専門的な内容を説明させています。しかしこの時点で尾身会長には、菅首相が緊急事態宣言を出し渋ったことや期間を短くしたこと、緊急事態宣言が延長された中で東京オリンピックについて何も語らないことなどへの不満が溜まっていたと思われます。それが6月2日の発言を招いたのでしょう。

尾身会長の発言自体は極めて真っ当であり、ネットニュースのコメントを見ても尾身会長を支持する声が多数です。一方政府や自民党幹部は、立場をわきまえない反政府的発言と激怒しているようです。その後尾身会長は、分科会として東京オリンピック開催による感染拡大リスクに関する提言を出す方向で準備していると述べていますので、これは尾身会長個人ではなく感染症専門家たちの良心の戦い、言うなれば聖戦と言えます。これに対して田村憲久厚生労働大臣は、「参考にするものは取り入れていくが、自主的な研究の成果の発表だと受け止める」と述べたということです。さすが小泉環境大臣と並ぶ菅政権1,2位の無能大臣です。多分田村厚労大臣は菅首相も任命したことを失敗と嘆いてる大臣だと思われます。だから本来なら田村厚労大臣の担当であるコロナ対策を西村経済財政担当大臣、そして菅政権のエースである河野特命担当大臣に分担させています。田村大臣の前任の加藤勝信厚労大臣がコロナ問題で右往左往し、お友達の安倍首相まで見捨てたことから、菅首相は元厚労大臣経験を買って田村氏を厚労大臣に任命したようですが、なんの加藤氏を上回る無能ぶりです。田村大臣就任後厚労省からは何ら新たしい対策は発表されていません。旧来の感染症対策を固守し、責任逃れに終始しています。田村大臣がやっていることはこれらの官僚に理解を示し、その政策を決裁しているだけです。官僚の説明に理解を示すだけで、官僚を動かすことは全くできないようです。ようするに名ばかり大臣ということです。この結果、本来なら田村厚労大臣の担当であるコロナ対策は、西村経済財政担当大臣、河野特命担当大臣が担うという前代未聞の事態となっています。

結果的に菅政権に反旗を翻していることになる尾身会長は、菅首相により分科会の座長を解任されるのではないかと言われていますが、尾身会長は覚悟の上だと思われます。安倍政権と菅政権で、多くの官僚が安倍首相や菅首相の言いなりになり、惨めな最後となっています。尾身会長の今回の抵抗は、現役官僚に対して官僚として矜持をもって職務に取り組むようメッセージを送っているように思われます。