45歳定年制なら生涯賃金も45歳までに支払う必要がある
9月9日経済同友会の夏季セミナーで、サントリーホールディングス(以下サントリー)の新浪剛史社長が「45歳定年制」を導入すべきだと提言したことが波紋を呼んでいます。新浪社長はアベノミクスについて「最低賃金の引き上げを中心に賃上げに取り組んだが、結果として企業の新陳代謝や労働移動が進まず、低成長に甘んじることになった」と総括したうえで、「日本企業はもっと貪欲(どんよく)にならないといけない」と言い、日本企業が企業価値を向上させるため、「45歳定年制」の導入によって人材の流動化を進める必要があると述べたということです。また「(定年を)45歳にすれば、30代、20代がみんな勉強するようになり、自分の人生を自分で考えるようになる」と従業員の意識改革を促す効果も強調しています。日本の多くの企業が採用している年齢が上がるにつれ賃金が上昇するしくみについても「40歳か45歳で打ち止め」にすればよいと語っています。現行の高年齢者雇用安定法は60歳未満の定年を禁じ、65歳までは就業機会を確保することを企業に義務づけ、今年4月からは70歳までの確保も「努力義務」になっていますが、こうした国の政策についても新浪氏は「国は(定年を)70歳ぐらいまで延ばしたいと思っている。これを押し返さないといけない」と述べています。
これは日本の大企業が考えていることを代弁したものと思われます。安倍政権では、同一労働同一賃金、70歳までの雇用確保努力義務など企業に負担となる制度が導入されました。自民党政権は大企業の利益を守る政権と言われて来ましたが、これと真逆のことをやっています。これには2つの理由があります。1つは、非正規雇用者を自民党支持に取り込み、選挙で勝利するためです。非正規雇用者は2,000万人以上に達しており、雇用が不安定で低賃金なことから野党に投票している人が多いと考えられています。同一労働同一賃金を導入すればこれを自民党支持に変えられます。大企業の団体である経団連は、お金は持っていますが票は持っていません。選挙の観点からは経団連よりも非正規雇用者を取り込んだ方がメリットがあります。選挙に勝つことに依って長期政権を築いた安倍首相は、選挙に勝つためには何でもやります。これが現実化したものです。2つ目は、増え続ける年金や医療費の負担を企業に押し付けるためです。非正規雇用者の賃金が上がれば年金掛け金や健康保険料も増えますし、定年を70歳まで延長しても同じ効果が得られます。
しかしこれらの政策は日本企業の競争力を確実に弱めます。同一労働同一賃金は世界基準であり仕方ないにしても、70歳までの定年延長は世界の動向と反するものであり、グローバル企業にとってはとても受け入れられません。受入れに動いているのは生保や損保、銀行など国に保護されている企業が中心です。もしこれが法制化されれば日本のグローバル企業は本社を海外に移転することを考えていると思われます。そうしないとグローバル競争に生き残れません。そしてグローバル企業におけるスタンダードが45歳定年制だと思われます。これは社内規則で45歳定年と決めていると言うわけではなく、実際上45歳を基準として、会社に残る人(残れる人)、他社に移る人、自分で事業を始める人、仕事から離れる人など人生の分かれ道になるということです。
現在でも大企業では45歳が待遇の分かれ道となっており、以後出世する人と閑職に就く人に分かれています。閑職に就く人は、窓際族とか働かないおじさんとか言われ、会社では肩身の狭い思いをしています。それでもこれらの人たちが会社に残るのは、60歳定年制度があり、ある程度の収入が保証されるからです。もし同額の収入があるなら会社を辞めているはずです。企業にとってはこの社員たちはコスト以外の何物でもなく、何とかして減らせないかと考えます。そのため割増退職金つきの希望退職を募集したり、業務委託に切り替える動きが増えています。
新浪社長の発言はこういう背景から出てきたものです。今後自国企業のグローバル競争力の強化を図る国は、45歳を基準とした選択定年制を採用するか、事実上そうのような運用をすると思われます。日本はこの動きに逆行しており、グローバル企業であるサントリーを預かる新浪社長には強い危機感があるものと思われます。従ってこの提言はそのような危機感の表明としては理解できます。しかしこれは経営者の一方的視点からのものであり、従業員に対する配慮が欠けています。45歳定年制を言うのなら、これまで60歳(65歳)までに支払ってきた生涯賃金を45歳までに支払うこと条件にすべきでした。これが無かったため、大きな反発と不安を呼んでいます。