広島選挙買収事件、起訴相当議決は検察のシナリオ通り

2019年の参議院広島選挙区買収事件で、1月28日東京第6検察審査会は、河井克行元法相から現金を受け取ったとして公職選挙法違反(被買収)の疑いで告発され、検察が不起訴とした地元政治家ら100人のうち、広島県議ら35人を「起訴相当」、その他46人を「不起訴不当」とする議決書を公表したという報道です。

この議決書の中で検察審査会は「公職にある者は公選法を厳格に順守すべきで、不正な利益授受で選挙人の自由な意思表明を歪曲したならば、とりわけ厳しく追及されるべきだ」と指摘し、10万円以上受け取ったり、受領後も議員辞職せず、現金を返還しなかったりした地元政治家ら計35人を「責任の重さや悪質性に鑑み、起訴することが相当」、現金5万円超を受け取るなどした後援会関係者ら46人については「不起訴不当」と議決しています。

そして検察が一律で不起訴とした処分についは、「夫妻のみを処罰して、受領者らを全く処罰しない結論は、重大な違法行為を見失わせるおそれがある。裁判所により適正に処罰される事実を示してこそ、社会正義が実現される」と指摘し、検察の態度を批判しています。

この検察審査会の結論については、検察に取り「厳しい結論」との報道も見られますが、検察が当初から描いていたシナリオ通りと言えます。今回の買収事件の特徴は、捜査の段階で殆どの被疑者が買収の事実を認め、河井被告の裁判でも証言したことでした。同様なケースでは、これまで被疑者はお金を受取った事実は認めても、票の買収のためのお金ではないと言い張っていました。その結果起訴され裁判で有罪になるというパターンです。それが今回一転被疑者の殆どが買収の意図も認めたということは、取り調べにおいて検察から認めれば「悪いようにはしない」という取引が提示されていたからと思われます。たぶん「起訴しない」という直接的な表現はなかったでしょう。もしこの言葉を使うと後で何人もの被疑者が証言すれば大問題に発展します。

これは2018年6月から使えるようになった司法取引を真似たやり方です。司法取引は当時の稲田検事総長と黒川東京地検検事長が法務事務次官と官房長のコンビで実現した制度で、2人はこの論功行賞で出世しました。そのため2人は司法取引の有効性をアピールする事件を狙っていたと思われます。それで仕掛けたのが2018年11月の日産会長カルロス・ゴーンの逮捕でした。これは日産役員と司法取引をして実現したものであり、世の中に司法取引をアピールするにはもってこいの事件でした。しかし内容を見れば、有価証券報告書にゴーンの本来の報酬約20億円が約10億円と偽って書かれていたというものであり、逮捕しなくても訂正させれば済むものでした。また過少分約10億円については将来支払われる計画があっただけで、会社として支払いが確定したものではありませんでした。このように本件は、司法取引制度をアピールするために検察がでっち上げたと言ってもよい事件でした。その結果がゴーン逃亡やケリー容疑者の取扱いを巡る米国との軋轢に繋がっています。司法取引が使える事件は、贈収賄や詐欺、横領等の刑法犯、組織犯罪関連法違反、租税に関する法律、独禁法、又は金商法の罪その他の「財政経済関係犯罪」として政令で定めるものであり、限定されています。贈収賄事件でも使えるのは刑法に定める贈収賄事件だけであり、公職選挙法の買収には使えません。この2つはお金を渡して公正な行動を歪める行為としては何ら変わりないのですが、公職選挙法の買収への適用については国会議員が嫌がったものと考えられます。そのため検察としては司法取引の主旨を起訴が検察の裁量に委ねられている起訴便宜主義の運用で実現しようとしたものと考えられます。

そのため「悪いようにはしない」の結果として検察は被疑者100名の不起訴処分を下しました。もちろん検察内部でも県議会議員や市議会議員などの公職者とその他の関係者は区別すべきという声は強かったと思われますが、不起訴処分についてはその後検察審査会に審査申し立てされることは確実であり、検察審査会の議決を想定しながら「悪いようにはしない」という約束を一番果たせる結果になる方法を選択したと思われます。

例えば、検察が公職者は起訴し、それ以外の関係者は不起訴にすれば、それ以外の関係者の不起訴が検察審査会に申し立てられ、検察審査会で起訴相当議決を受けると考えられます。一方全員不起訴処分にすれば、検察審査会では今回のように公職者は起訴相当、それ以外の関係者は不起訴不当と言うように公職者とそれ以外の関係者で処分を分け、その結果それ以外の関係者は救われる(検察は約束を守った)こととなります。

今後検察は、起訴相当議決を受けた公職者については裁判に持ち込まない略式起訴で済ませ、「悪いようにはしない」という約束を果たした形とし、不起訴不当議決を受けたその他の関係者については再度不起訴として約束を果たすこととなります。このように今回の検察審査会の議決は検察のシナリオ通りとなっています。