日経が薬の審査に意見するなんて

7月22日の日経電子版に『何のための薬の「緊急承認制度」なのか』という日経の社説が載っていました。これは塩野義製薬が緊急承認制度を使って承認申請した抗ウイルス薬「ゾコーバ」が厚生省の2回目の審査会で承認されず継続審査となったことに対する抗議の社説です。

緊急承認制度とは、感染症拡大などの緊急時に新たな治療薬やワクチンを速やかに承認する制度で、臨床試験が完了していなくても、安全性を確認した上で有効性が推定できれば、前倒しで承認できるというものです。通常薬の承認には安全性と有効性の確認が必要ですが、緊急承認制度では有効性を確認ではなく推定できればよいとしています。これで薬の承認を早め、感染症などの蔓延に対処しようというものです。米国には医薬品の緊急使用許可、欧州には条件付き販売承認という制度があり、新型コロナウイルスの治療薬やワクチンの承認に当たって適用されてきました。日本では海外で既に使用実績がある医薬品に限り、本来の手続きを短縮・省略して販売などを認める「特例承認」によって使用できるようにしていました。そのためコロナウイルス治療薬でも欧米と比べ使用できるようになるのが数カ月遅れる、日本の製薬会社が開発に乗り出さないなどの弊害がありました。そのため今年5月の国会で従来の法律を改正し、日本も欧米並みの基準を導入しました。

塩野義製薬のゾコーバがこの緊急承認制度を使用した初めてのケースであり注目されていました。6月22日の1回目の審査では、ウイルス量の減少は確認されているが、疲労感や頭痛などの症状改善効果は明確でなく、有効性を示すデータが不十分との指摘が多かったようです。即ち有効性が推定できるレベルにないという判断だったことになります。7月22日の審査会でも変わらなかったということになります。1ヶ月で有効性を示す新たなデータが出てこない限り、予想された結論です。もしこの結論が変わるとすれば、コロナが蔓延し、かつそれに使用する治療薬が不足している場合です。確かにコロナ患者は過去最高を記録していますが、治療薬(飲み薬)としては昨年12月メルクの「モヌルピラビル」が、今年2月にはファイザーの「パクスドビド」が特例承認されており、医療現場が困っている状態にはありません。そのことが承認されない背景にあると思われます。

コロナ治療薬に関して日本政府はこれまで恥ずかしい対応をしてきています。コロナによる死者が増加していた2020年5月、安倍首相は参議院本会議で、富士フイルム富山化学の抗インフルエンザウイルス薬「アビガン錠」について、「薬事承認の審査に当たっては、従来のように治験成績の提出は必須とせず、観察研究や臨床研究等の成果も活用することで有効性が確認されれば、今月中の承認を目指したい」と述べ、まるで薬の承認が首相権限のような言い方をしています。結局専門家審議会が承認しませんでしたが、茂木外相はその前にアビガンを20カ国に無償供与すると発表しています。エビデンスが重視される医薬品の承認に首相が介入することなど先進国ではあり得ないことですし、承認される前に外国に無償供与することもあり得ないことでした。ここで日本の医薬品承認制度は世界から信頼を失くしたと言えます。

これから言えることは、医薬品について科学的知見を持たない者が薬の承認プロセスに介入してはいけないと言うことです。日経の社説は安倍首相と同じであり、天下の笑いものの主張と言えます。日経は「マスゴミ」の中に自社は入っていないと思っているようですが、十分入っています。これに気付かない限り日経の購読部数減少は止まりません。