国債爆弾を銀行に押し付ける黒田総裁のモラルハザード

1月17,18日の日銀政策会合は、長期金利の引き上げがあるのではないかと注目を浴びました。それは直前で10年物国債の市場金利が0.545%まで上がっており、これを抑え込むため日銀は10兆円近くの買い入れを2日連続で行っていたからでした。しかし結果は据置でした。このままでは市場金利が0.5%を突破することが常態化し、日銀は連日大量の国債を購入する事態となります。既に日銀は銀行が日銀に預けている日銀当座預金を主な原資にして約565兆円(2022年1月10日現在)の国債を購入しており、購入原資が限界に近着いています。それに最近の日銀毎旬報告を見ると異変が生じていました。それは日銀当座預金の残高が502兆円(2022年1月10日現在)と国債残高を下回る(63兆円)状態が常態化していることです。例えば2022年6月30日では国債残高542兆円に対して日銀当座預金は552兆円あり、国債は全額当座預金で購入されていた勘定になります。これが同年7月31日頃から逆転(国債545兆円、当座預金540兆円)し始め、8月31日には国債547兆円、当座預金519兆円、9月30日には国債545兆円、当座預金493兆円とこの差が開いています。これは日銀当座預金だけで国債を購入することが不可能となっていることを意味します。足りない資金は預金などを充てていますが、このまま日銀当座預金が減少すれば日銀券を発行して充てるしかなくなります。そうなれば日銀券で国債を買っていることになり、財政法5条で禁止されている財政ファイナンスであると言う批判を浴びることになります。従って日銀としては日銀券を発行して国債を購入する事態は何としても避けたいようです。(現実的には国債は日銀が日銀券を原資として購入すべきもの。将来国債が償還不能となれば日銀のバランスシート上で国債と日銀券を相殺して処分できる)

そこで1月17,18日の政策決定会合で決まった政策が「共通担保資金供給オペの拡大」でした。「共通担保資金供給オペ」は日銀が国債や社債を担保にして金融機関に資金を貸し付ける日銀の公開市場操作で、これまでは貸付利率を入札で決める「金利入札方式」と、日銀があらかじめ決める「固定金利方式」があり、返済までの期間が2週間といった短い資金を供給して短期金利を押し下げる手段として使っていました。ところがこれを金利は日銀が自由に決められるようにして、期間も10年間に拡大しました。これは日銀が貸し付けた低利の資金で10年物国債を銀行に買わせるために考え出された制度です。例えば日銀が0.1%の固定金利、期間10年の条件で銀行に融資し、銀行が表面金利0.5%の10年物国債を購入すれば、その時点で10年間毎年額面金額の0.4%の利益が確定するという訳です。融資先がない銀行にとっては利益を手っ取り早く確保できる魅力的なスキームのように見えます。

しかしこれは黒田総裁の罠です。黒田総裁は国債爆弾を銀行に押し付けようとしています。考えても見てください。国債残高は1,000兆円を突破し、毎年30兆円以上の国債が発行されています。岸田総理は防衛費増大を国債で賄うことがいけない理由として「将来の世代に負担を負わせる訳にはいかない」からと述べていますから、国債は税金で償還されると考えていることが分かります。国の年間予算を税金で賄う目途が全く立たないのですから、国債残高を税金で償還するのは100%不可能と言えます。ということは、国債を買った人は将来償還を受けられなくなる時が来ると言うことです。そんな中今尚国債を買う人がいるのは、盲目的に国債は国が発行しているから必ず償還されると考えているか、そんな時はあるかも知れないがずっと先だと考えているかどちらかです。銀行や機関投資家はたぶん後者だと思われます。しかし良く考えて見てください。日銀が国債を買っている原資である日銀当座預金は銀行が日銀に預けたお金であり、日銀はこの運用として国債を購入していることになります。しかし国債残高が500兆円を下回らなくなっていることを考えれば、国債は長期性資産となっており、当座預金という流動性資金で購入するのは不適切です。日銀当座預金の実体は銀行からの長期借入金と見るべきなのです。不動産会社が銀行から長期借入を行い、土地建物を購入して運用しているのと同じです。この場合不動産会社は土地建物の運用益や売却資金から借入金を返済しますが、日銀の場合は国債を売却して日銀当座預金を銀行に返還することになります。これまでは銀行が日銀当座預金を引き出さなかったため国債を売却する必要がなかったわけですが、最近日銀当座預金が減っていると言うことは、銀行が日銀当座預金を引き出していることを意味します。しかし現在日銀は長期金利の上昇を抑えるために国債を片っ端から買い入れている状態ですから、国債を売りたくても売れない状態です。そうなると日銀券を発行して返還するしかなくなります。日銀当座預金の引き出しに対応するために日銀券を発行するというのは禁じ手(銀行が預金を返還するために自行に融資するのと同じ)です。こう考えると日銀は追い込まれていることが分かります。そこで考え出されたのが1月17,18日の日銀政策会合で決まった「共通担保資金供給オペ」を行い、銀行に国債を買わせることです。もしこの日銀の罠に嵌り銀行が国債を購入すれば銀行は日銀に代わり国債爆弾の保有機関の役割を担うことになります。日銀当座預金は流動性資金なのに簡単に処分できない国債の購入に使われており、調達と運用がミスマッチになっています。その結果銀行は日銀当座預金を引き出したくても引き出せなくなっており、大量の引き出し要求があれば日銀は銀行に現金に代えて国債を引き渡すしかなくなります。このように見てくれば国債の最終的所有者は銀行であり、銀行は例えば日銀保有国債に含み損が発生すれば日銀当座預金が返還されない可能性が生じることから含み損に相当する引当金の計上が必要になるとか、日本の国債が格下げされ引当金の計上が必要となるなどの損失リスクを抱えていることになります。

日銀黒田総裁はこれまで日銀当座預金で国債を購入することで間接的に銀行に国債爆弾のリスクを転嫁して来ましたが、今後は銀行に国債を購入させることで直接的に国債爆弾のリスクを負わせようとしています。これが日銀検査で指摘されるわけはなく、日銀検査も機能しなくなります。

黒田総裁は9月22日の金融政策決定会合の後の記者会見で任期があと半年しかないにも関わらず「当面、金利を引き上げることはない」「当面は数カ月ではなく2~3年の話と考えてもらっていい」と乱心レベルの発言をしています。そして今度は銀行に融資して国債爆弾を保有させ、将来金融システムを危うくする政策を決めました。これは乱心レベルと通り越して、正常な金融政策を決定する精神レベルにないと言えます。或いは自分の主張を貫くために金融システムを犠牲するモラルハザードの状態です。本来日銀審議委員はこういう事態を防ぐためにいるのですが、全く機能していないことが分かります。ここは金融庁が銀行検査を実施し、銀行に日銀当座預金の適正化(法定準備金と決済資金に限る、日銀が購入している国債を担保に取るなど)を指導すべきです。でないといずれ国債爆弾が爆発し金融システムが壊れます。