肥薩線の鉄道復旧は住民のためにならない選択

熊本県の蒲島知事は2月17日に開会した県議会で「今年は4期目の集大成となる重要な年。熊本地震、20年豪雨災害、新型コロナウイルス感染症の三つの困難を乗り越える」と県政運営の所信を述べたという報道です。蒲島知事は来年4月で4期16年の任期が終了します。この間敵を作らない円満な人柄と東京大学で政治学の教鞭をとった知性で熊本県政史上最高の知事という評価になると思われます。蒲島知事時代の後半には熊本地震、阿蘇水害・人吉球磨大水害が起こり、これらの復旧に奔走された印象があります。またこの3年間は更にコロナが重なりました。これらを見事に乗り越えた行政力は見事と言うしかありません。

TSMCの熊本進出はこのような蒲島知事の頑張り対する神様からのプレゼントのように思えます。

蒲島知事の政策は良く考えられており私も賛同するものが多いのですが、1つだけ賛成できない政策があります。それは人吉球磨水害で不通になっているJR肥薩線についての政策です。蒲島知事は2月17日の所信表明の中で「任期中に鉄道での復旧に道筋をつける」と述べたと報道されていますが、これについてはどう考えても理解できません。

肥薩線は水害前でも年間約9億円の赤字路線であり、将来廃止になる可能性が高い路線でした。これが2020年7月の豪雨で鉄橋や線路が流されるなどで不通となって2年以上が経過しました。その間この沿線では人口流出が続いており、鉄道利用人口は水害前より更に減少しています。今後30年を考えればこの沿線の人口は更に3割以上減少することが予想されます。これを考えると鉄道で採算を採るのが不可能なことは明確です。

現在の復興プランでは、鉄橋や線路などのインフラは公共工事としてほぼ全額国費で行い、完成した鉄道施設は県または沿線自治体で保有・維持管理し、運営はJR九州に委託することが考えられているようですが、保有・維持管理費用だけでも年間2~3億円掛かりますし、時間が経てばどんどん膨らんでいきます。肥薩線に似たケースである日田彦山線の復旧では、そもそも復旧費用の負担を巡り沿線自治体とJR九州で合意に至らず、その結果日田彦線は鉄道復旧を断念し、BRT復旧(線路部分をバス専用道とするバス運行)となりました。日田彦山線も肥薩線も赤字路線であることは同じであり、肥薩線についてもJR九州は同じ方針(赤字が解消されない限り鉄道復旧には応じられない)で臨むと考えられます。肥薩線の赤字額は走らせる本数にもよりますが、少なくとも年間2~3億円になると考えられ、その結果県や沿線自治体の負担額は施設の保有維持費用と合わせ当初で年間5億円以上に上り、その後膨らむので30年では150~300億円程度になると予想されます。こうなるとまたどこかで廃止が議論されること必定ですし、JR九州との間では膨らむ赤字の負担を巡って揉めることが予想されます。

これに対してBRTの運航費用はJR九州負担とすることが可能と考えられますし、利便性においてもBRTが鉄道に勝ります。鉄道で復旧しても列車を走らせれば走らせる程赤字が大きくなることから、運航は2時間に1本程度(1日に上下合計10本程度)になると考えられますが、、BRTでは1時間に1本(上下20本)の運航が可能です。このように経済的にも利便性でも鉄道による復旧よりもBRTによる復旧が優れています。日田彦山線のBRTが今年夏から運航を始めますから、是非見学してBRTの実際を確認することが必要だと思われます。

蒲島知事は知事就任当初川辺川ダム建設計画を自然保護派の主張を入れ中止しました。これが2020年7月の人吉球磨水害で被害が大きくなった原因の1つとなっています。そのときも自然保護と言う理念を重視し、洪水被害により失われる人命や土地家屋などの損害予想という科学的データを軽視しました。蒲島知事の意思決定を見ていると、理念を重視するあまり、科学的データや財務的データを軽視するところが見られます。やはり公的な政策の決定に当たってはこれらのデータを重視すべきであり、財務的データおよび利便性から考えれば肥薩線を鉄道で復旧することは住民のためにならない選択だと思われます。