半導体事業体制としては熊本が最強
10月31日、SBIホールディング(SBI)と台湾の半導体ファウンドリー大手Powerchip Semiconductor Manufacturing Corporation(PSMC)は、約8,000億円を投じる予定の半導体工場の建設地を、宮城県黒川郡大衡村の「第二仙台北部中核工業団地」に決定したと発表しました。 SBIとPSMCは2023年7月に日本国内での半導体工場建設に向けて準備会社を設立することで基本合意し、同年8月には、その準備会社としてJSMCを設立して、工場の建設予定地の検討を進めていました。約3カ月での工場建設地決定であり、本気度が伺えます。
新工場では、PSMCが持つ28nmプロセス以上の半導体を高品質かつ安価に量産できるビジネスモデルを生かし、車載向け半導体として需要が大きい28nm/40nm/55nmプロセスの半導体を生産する計画だと言うことです。工場の建設開始時期や稼働時期などの詳細については、明らかにしていません。
SBIは、第二仙台北部中核工業団地を建設予定地に選んだ理由について「工場建設計画の発表以降、30以上の自治体から誘致の申し出があった。その中から、給排水、高圧電力、ロジスティック等のインフラの充実度、災害への強度、周辺の住環境、今後の産官学連携の可能性を踏まえた上で、第二仙台北部中核工業団地が最適だと判断した」と説明していますが、最大の決め手は周辺に半導体生産に必要な企業が集積していることだと思われます。岩手県にキオクシアの大規模メモリー工場があり、既に半導体の生産に必要なインフラが揃っています。半導体製造装置大手の東京エレクトロンは岩手に大規模な工場を建設していますし、栃木県にはキャノンの半導体露光装置開発拠点もあります。更に宮城県はトヨタの東日本における生産拠点でもあり、新工場で生産される半導体の納入先もあることになります。
SBIが述べた選定理由はこの上で考慮されたポイントで、半導体工場に必要なインフラが分かります。
今後日本では、TSMC・ソニーの熊本、ラピダスの北海道、キオクシア・JSMCの岩手・宮城の3カ所が半導体企業の集積地になると思われますが、その優劣を考察してみたいと思います。
この中で最も有望なのは熊本です。それは、ソニーがCMOSセンサーで世界トップシェアを持つ企業であり、TSMC(半導体ファンドリー世界一)の半導体はソニー向けが中心だからです。ソニーの第二工場建設予定地取得後TSMCも第二工場建設計画を発表しており、両社が密接不可分の関係にあることが分かります。ソニーのCMOSセンサーの主な顧客はアップル(スマホシェア世界一)であり、TSMCもアップルは重要な顧客です。このように熊本におけるソニー・TSMC・アップル連合の半導体生産事業は、まれに見る強力な体制であることが分かります。3つの事業体制の中では図抜けた安定性と将来性を誇ります。
北海道については、事業主体のラピダスの将来が全く見通せません。事業化を目指している2ナノの半導体はどこの企業も生産に至っておらず、半導体生産実績の全くないラピダスが本当に生産できるのか疑問に思っている関係者も相当います。また2ナノ半導体のユーザーも全く見えておらず、生産に漕ぎつけたとしても採算に乗る生産量に達するには相当の時間を要しそうです。その結果事業が軌道に乗るまでに数兆円の運転資金が必要となり、この確保が大きな課題として立ちはだかりそうです。このようにラピダスの事業は五里霧中という状況です。
宮城におけるJSMCの事業は、既に輸入して自動車に使われている半導体を国内で生産しようと言うものであり、堅実な事業と言えます。工場建設資金集めの段階でトヨタグループのデンソーが出資し、トヨタ向けの半導体生産会社の色彩を強め、事業としては短期間で採算ベースに乗ると予想されます。しかし生産する半導体は既製品とも言えるものであり、TSMCやサムスンが先端の半導体で進出して脅かす可能性があります。岩手・宮城地域については、メモリー不況によりキオクシアの経営が不安定になっており、必ずしも安定的な事業体制とは言えません。
こう見てくると熊本が半導体事業体制としては最強であることが分かります。しかし熊本は学(熊本大学)の半導体研究基盤が弱く、半導体に使う工業用水や排水処理、交通や従業員の生活インフラが不十分であり、半導体関連企業の進出にブレーキがかかる可能性もあります。熊本県の強力な取り組みが必要です。