肥薩線復旧熊本県の暴走はJR九州に責任がある

11月24日、熊本県とJR肥薩線沿線12市町村は、肥薩線の復旧費と復旧後の維持費に関する負担の枠組みについて合意したという報道です。復旧費の地方負担分約12億7,000万円の全額を県が受け持つ一方、年間の維持費(初年度想定7億4,000万円)についても12市町村負担分を約5,000万円に留めることになったとのことです。この合意に基づきJR九州の同意(約25億円の負担と運行の受託)を求めて交渉することになります。

今回の合意の前提になっている復旧費総額約235億円、国の負担額約185億円(159億円+26億円)、地方とJRの負担額約50億円(各約25億円)というのはJR九州が算定したものであり、熊本県側が同意すればJR九州としては受け入れざるを得ないと考えられます。これに対してJR九州は採算性の問題を持ち出して必ずしも受け入れるとは限らないという態度のようですが、それは通らないと思われます。肥薩線八代-人吉間は被災前も年間約9億円の赤字と言われており、採算性がないのははっきりしていました。採算性がないから復旧は受け入れられないというのなら、JR九州は復旧費想定を熊本県に提出してはいけなかったのです。提出したということは、復旧費がこの枠組みであり、かつ復旧後の運行赤字(維持費)を熊本県や関係自治体が負担するなら、JR九州としては肥薩線復旧に応じるという前提があったことになります。こう考えると熊本県側の枠組みはJR九州の復旧前提を満たしており、受け入れざるをえないと考えられます。

肥薩線復旧に関してJR九州は、国および熊本県との協議の開始時点で大きな判断ミスを犯しています。

1つは復旧予算の枠組みを提示し、この枠組みが満たされればJR九州としては受け入れざるを得ない状況を作ったことです。熊本県と関係市町村が相当の時間をかけてJR九州が提示した復旧の前提に沿った合意をまとめた以上、どんな理由をつけても0回答は不可能です。JR九州が復旧費に含ませていない復旧後の運行赤字(維持費)については、熊本県と関係市町村が負担することになっていますので、逃げ道も塞がれています。これでJR九州としては被災前9億円あった年間の赤字を負担しなくてすむことから万々歳とも言えますが、復旧費約25億円の負担(投資)は免れません。この約25億円の投資は収益を生みませんから民間企業の支出としては経営上問題があります。支出の根拠をどう説明するかですが、実質的な肥薩線撤退補償金とするしかないと思われます。それで経営会議や株主総会は通るでしょうが、頭が痛いのは負担額が膨らむ可能性が高いことです。現在の資材や人件費の高騰を考えると復旧費総額は約350億円、JR九州および熊本県の負担額は約40億円程度(共に1.5倍)に膨らむと考える必要があります。これは復旧費算定当初想定することは難しかったと思われますから、ミスとは言えないかも知れません。

2つめの判断ミスは、肥薩線が復旧されるとJR九州の他の赤字路線および現在全国で問題になっている赤字ローカル線で廃止されるところがなくなることです。運行費の赤字を県や関係地方市町村の負担とすれば実質的に地方交付税や過疎債など国の費用で大部分補填されるのなら廃止する必要はなくなります。これでは、JR赤字ローカル線問題の解決策は経営をJRから地方自治体(第三セクター)に移すことになります。JR各社はこれで問題解決かもしれませんが、これでは国の財政が持ちません。

JR九州の経営は2015年に国鉄分割に当たって国から交付された経営安定化基金3,877億円を九州新幹線(線路や施設)使用料の一括前払い(2,205億円)などに繰り入れたことによる負担軽減に支えられています。九州新幹線使用料前払いの効果(年間102億円)は2035年には終了するため、肥薩線復旧のような経済合理性のないことはできないません。肥薩線復旧判断はJR九州の将来にも大きな影響を与えます。

肥薩線復旧問題の検討に当たってJR九州がとった八方美人的な対応が、熊本県が持続可能性のない肥薩線復旧に暴走する原因となっており、JR九州には起因者責任があります。

川辺川ダム建設中止という誤った決定で人吉球磨地方に多大な損害をもたらした蒲島知事にとって、肥薩線復旧はその贖罪であり、まっとうな判断は期待できません。蒲島知事の任期は来年4月15日までであり、県庁内での不正の横行もあって蒲島知事の再選はありえない状況なので、JR九州としては、肥薩線復旧問題は来年新しい知事と協議した方がよいと思われます。復旧費と維持費の膨張を考えると新しい知事の下で肥薩線復旧は中止になる可能性が高いと思われます(そのため蒲島知事は費用負担で関係市町村に全面譲歩してJR九州との合意を急いでいる)。