熊本県の第三者委報告書が隠した重要な論点

4月11日熊本県の旅行助成事業「くまもと再発見の旅」で熊本県庁幹部から不正(報告書では不適切と表現)受給見逃しの指示があったなどとして公益通報された事案について、熊本県が設置した第三者委員会の調査報告書が公表されました。

結論は、

  • 不正受給がそもそもなかった
  • 県幹部の不正見逃し指示はなかった
  • 県の損害はなかった

という公益通報の前提を否定する衝撃的な内容でしたので、何が何だか分からなくなった人も多いと思われます。私もその1人でしたので、県庁HPにアップロードされた報告書をダウンロードし、それを印刷して精査しました。緻密な検証がなされており、この結論は妥当と言ってよいと思われます。

こういう報告書を読む場合、気を付けなければならないことがあります。それは書かれていることを検証するばかりでなく、書かれていないことがないか検証することです。報告書を読む人の多くは、書かれた内容に注意がいき、書かれていない論点を見逃してしまいます。そこに報告書作成者の狙いがあることがあります。

本件報告書を読んで私が即座に欠けていると思った重要な論点があります。それは蒲島知事の関与です。

蒲島知事には2023年1月17日に不正受給の助成金を阪急交通社から返還させる旨の報告書が届けられていますので、これ以降蒲島知事は助成金不正事件が発生していることは知っていたことになります。2023年1月18日に熊本日日新聞(熊日)が、阪急交通社が熊本県から助成金(約1,500万円)の返還を請求されたという記事を掲載したときには、蒲島知事は報告書を読んでいたことからまだ大ごとだと言う認識はなかったと思われます。同日の記者会見で知事は他の案件についても調査する旨発表していますので、この前に担当課から本件概要の説明を受けたと考えられますが、この時点では県に瑕疵はないという理解だと思われます(そういう報告を受け、そう信じている)。

TKUヒューマン(以下TKU)が社名非公表なら不正額約2,500万円(周遊券だけでの移動)を返還すると言っているという観光振興課(担当課)からの報告書については、2023年1月26日に報告を受けた2人の副知事が「蒲島知事には上げないこと」と指示しています(社名非公表は蒲島知事の方針に反するから応じられないため)。

その後2023年2月9日、熊日がTKUも約2,500万円の不正受給があると報じます。同日TKUは県に対してこの額については返還に応じる旨の書面を提出しました。ここまでは良かったのですが、熊日に不正の可能性のある金額が約4,500万円で、残りの2,000万円については今後担当課が調査すると書かれていたことから、TKUは話が違うと争う姿勢を見せます。阪急交通社に加えTKUが出てきて、それも不正金額が両社で約6,000万円に上る可能性があるとなると蒲島知事も無関心ではいられないはずです。副知事や関係者を呼んで事情を説明させたと思われます(というか担当部署が説明に飛んでくる)。2月10日には担当課が副知事に説明していますので、これを受けて副知事が説明したかも知れません。いずれにしても蒲島知事はこの頃本件不正受給事件の全貌を知ったはずであり、この後の蒲島知事の対応が問題になります。しかし第三者委員会の報告書には副知事までの報告や副知事と担当課との協議の内容については書かれていますが、蒲島知事への報告や蒲島知事と担当課、副知事との協議の内容については一切書かれていません。本件のような大きな問題になると、最高責任者(知事)でないと解決に至る指示は出せません。この頃本件について副知事と知事で解決策が検討されていたら、これだけの大問題にはならなかったと考えられますから、蒲島知事の対応は大変重要となってきます。このことは報告書が公表された翌4月12日蒲島知事が記者会見で「県に弁済された約4,500万円については、それぞれの社と協議し、返還も含め検討する」と述べていることからも分かります。(約4,500万円ではなく約7,000万円では?TKU約2,500万円、阪急交通社約1,500万円の他にJTBが事務局の指導ミスとしてその他参加13社分約3,000万円を弁済してるのでは?)

これだけ立派な報告書を作成した本件第三者員会の委員なら蒲島知事の対応の重要性は当然分かっていたと思われます。公益通報された事項に含まれていないから取り上げなったと言うのかも知れませんが、報告書の最後の方には、県への提言が書かれていることから、蒲島知事の対応(責任)についても検証するのは当然のことのように思われます。認証不正が問題になった日野自動車やダイハツの第三者委員会報告書では社長にもヒヤリングし、社長は不正の存在を知らなったとしても、知らなかったことが問題とされ退任に至っています。

実は私が本件報告書で一番注目していたのはこの論点です。それは第三者委員会の委員3名のうち2名は、2018年に熊本市議会議員の議員資格取り消しが問題となった熊本県の自治紛争処理委員会の委員であることを知っていたからです。この委員会で2人は、熊本市議会が決定した当該市議の資格取り消しを無効という裁決を下しています。熊本市議会の決定を覆す裁決を下すことは、確固たる自信と信念がなければできませんから、並みの弁護士ではないなと注目していました。ただし裁決には疑義がありました。というのは、2017年11月7日、熊本市の外部監査結果で監査の対象となった同市議が代表を務める漁協が2012年~2015年に行った事業6件のうち5件が不適正と判断され、同市議の関与が疑われました。また同市議は市職員に対し「長時間にわたる叱責」「土下座を強要」したなどで熊本市議会で4度の辞職勧告決議が可決されていました。これを考えると熊本市議会の同市議に対する資格取り消し決定は議会の自治権に基づくものとも考えられ、紛争処理委員会は議会の決定を尊重するのが通例と考えられます。同市議は裁決により市議に復帰後公職選挙法違反で起訴され罰金判決を受け議員資格を喪失していることから、議会の決定は妥当だったように思われます。従って結果的にはそれを覆す裁決は、スタンドプレーだったのではと言う見方も出てきます。そしてこの裁決が出来たのは、自治紛争処理委員会の委員に任命した蒲島知事の信頼と後ろ盾があったからと考えられます。これが今回2人が第三者委員会委員に就任した背景にあると考えられることから、2人が蒲島知事に配慮することが危惧されました。今回の報告書が蒲島知事の対応に全く触れていないのを見て「やっぱりな」という印象を持ちました。