個人が生き生きしているのは関西

東京に10年近く住んだ後、仕事の関係で大阪に2年住みました。そこで東京と大阪の違いに気付いたことがあります。最初に気付いたのは、大阪の人の相手を見る視線がまっすぐなことです。道を歩いていて目が合う視線が真っすぐです。言っていることが良くわからないかも知れませんが、東京では先ず真っすぐ相手を見ることはしません。必ず視線を少しそらすか焦点を広く取ります。風景を見る感じです。真っすぐ視線を合わせると、猫や犬が喧嘩を始めるような感じなんだと思います。ここが最初に感じた違いです。また会話もざっくばらんで、ユーモアがあります。会話は面白くなければならないという文化があるように思います。また大阪(関西)弁はそれに適した言葉や語調になっていると思います。東京は、言葉からして合理的な構成になっており、ざっくばらんやユーモアを表現するには向いていないように思います。

大阪の会社は、先ず個人がいて、その個人が集まって組織ができてるという感じです。それに対して東京の会社は、先ず組織があり、個人はそれに適合させているという感じです。東京の会社での競争は、組織への適合競争のような感じがします。組織によりよく適合した人が出世するのです。それに対して大阪は、個性競争をしているような感じがします。仕事ばかりでなく、面白さや豪快さ、人間性などを総合した個性競争です。

アジアの多くの国の都市は、大阪に近いと思います。台北など大阪そっくりだし、北京も東京より大阪に近いと思いますし、クアラルンプールもそうです。日本を訪れる観光客が大阪や関西方面が増えているのは、こういう親近感、居心地の良さがあると思います。一方東京と近いのは、ニューヨーク、ロンドン、パリという欧米の大都市だと思います。競争社会を突き詰めて、人間的暖かさを失くした都市群でしょうか。

そういう訳で、大阪、広く関西は個人が生き生きしているという印象です