幸運の女神には前髪しかない?

私は長年投資の仕事をやっていました。投資と言っても上場企業への投資ではなくベンチャー企業への投資です。私がこの仕事に就いたときは、まだ上場していない中堅企業がたくさんあり、ベンチャー投資とは言いながら実体は上場できるけど上場していない企業への投資でした。多くが地方の有力企業であり、ほぼリスクのない投資でした。その後こういう企業が少なくなり、だんだん売上高が少ないベンチャー企業への投資に移行しました。そして暫くすると出来たばかりベンチャー企業に投資するようになりました。こうなると投資の判断はビジネスプランと経営者ということになります。ビジネスプランでは事業の成長性がポイントとなります。ベンチャー企業の事業は今までになかった事業が多いので難しい判断となります。成長性が高い分野の事業は、多少経営が未熟であっても成功する確率が高いので、事業分野の評価が重要となります。そういうベンチャー企業は、上場した場合高い株価となり利益が大きくなります。そのためベンチャー投資家は鵜の目鷹の目でこのようなベンチャー企業を探すこととなります。

上場していない中堅企業への投資なら財務知識があればよいのですが、売上のない(或いは少ない)ベンチャー企業への投資となると財務知識はあまり役に立たず、深い専門知識が必要となります。当時はベンチャー投資の分野としてITとバイオが見えて来ており、私はバイオを専門分野とすることにしました。しかし文系の私にとって全くの畑違いであり、最初はビジネスプランに書いてある専門用語が全く理解できませんでした。そのため猛勉強が必要となりました。バイオに関するビジネスプランでは有名大学の教授が関与している場合が多く、ビジネスプラン説明会ではその教授が専門的な説明を行い、質疑応答をします。相手はその分野では日本有数の研究者ですから、的外れな質問はできません。そのため説明会には最低3週間くらいかけて準備して臨みました。基礎的な知識から始めて最先端の研究分野の問題まで頭に叩き込みます。それくらい準備すれば教授から「いい質問ですね」と言ってもらえる質問ができます。当時はバイオの投資専門家は少なく、そのためどんどん質問する私は目立った存在でした。その後バイオの分野が注目されてくると薬学や生物学などの博士号取得者が増えてきて、今ではバイオ分野の投資担当者はこのような人が当たり前になっています。

当時はバイオの有望な投資先が少なく、見つけること(finding)が大変でした。新聞に載った段階では既にどこかの投資会社が投資していることが大部分で手遅れです。そこでどうしたかと言うと、有名大学や研究所の研究発表会に出席し、最先端の研究成果を把握し、事業化できそうな成果を見つけ、そこの事業化に網を張ることにしました。バイオベンチャー企業の出現を待ち伏せるのです。出現まで時間的長短はありますが、いずれ出現します。そして運よくリードインベスターとして投資できた会社もいくつかあります。

その経験の中で思ったことは、「幸運の女神(チャンス)は後ろ髪を掴んでいては遅い。」(前髪を掴む奴がいつから)ということでした。最近インターネットで調べたら英語の諺(元はギリシャの詩人ポセイディップスの詩の一節)に「幸運の女神には前髪しかない」(Take time by forelock)という表現があることが分かりました。主旨としては、「幸運(チャンス)は即座に掴まないとものにできない」ということのようです。そのためには、幸運の女神が現れた瞬間に「これだ!」と思わないといけないわけで、やはり待ち伏せが必要なことになります。チャンスは現れそうな場所(全く思いも付かないような場所に現れることもある)で待ち伏せてないと掴めないと思います。