日産元会長ゴーン逮捕から1年半以上が過ぎましたが、徐々に日産にその影響が表れています。2020年3月期の日産の決算は　売上高9兆8,789億円、営業損失405億円、当期損失6,712億円でした。ゴーンが会長だった最後の決算である2018年3月期の決算は、売上高11兆9,511億円、営業利益5,747億円、当期利益7,468億円です。これを比べると売上高で2兆722億円の減少、営業利益で6,152億円の減少、当期利益で1兆4,180億円の減少となります。この結果を全てゴーンがいなくなった影響とは言えませんが、この期にはコロナの影響は殆ど無く大部分はそうだと言えます。

売上高で約2兆円減少したのは米国販売（124万台）の減少（-14.3％）が大きいようですが、ゴーンの販売奨励金を使った拡販政策を改めたためと説明されています。しかし日産の場合、米国ではブランド力も弱く、特徴のない車が多かったことから、この政策を採らないとあれだけの販売（2018年度144万台）は難しかったと思われます。これにより米国での利益は薄かったかも知れませんが、日産の製造原価の低減には大いに寄与していますから、トータルとしては日産の利益へ大きく貢献しています。販売奨励金を減らし米国販売での利益が増えたとしても、販売台数が減れば製造原価が上がり、日産本体の利益は減少します。日産はメーカーですから、日産本体で利益を出せばよく、そのためにはゴーンのような政策もあったのです。販売奨励金を減らすとディーラーが売らなくなり、どんどん日産から離れて行きます。その結果、今後新車を投入しても売ってくれなくなります。従って、日産の米国販売は今後益々厳しくなることが予想されます。

コロナの影響は今期から本格化し、日産の今期の販売台数は400万台を切ると言われています（前期は493万台）。こうなると営業損失で5,000億円を超え、減損などの特別損失を加えると1兆円近い損失が出ると予想されます。当然人員整理にも着手するし、協力企業でも大規模なリストラが行われます。これで食い止めれば未だ生き残れるでしょうが、来期の黒字化が見えないと倒産の危険が高まります。そうなると考えられるのは、中国での合弁相手である東風集団の資本参加です。ルノーは自身も赤字となっており、日産への関心が弱まっている可能性があります。

結局、ルノーと統合されるのが嫌で日産の日本人役員が検察を巻き込んで行ったゴーン逮捕は、日産を倒産の危機に導きました。この結末は、自動車メーカーの経営者なら分かっていたことです。ゴーン逮捕を聞いて、これで日産が潰れると思った自動車メーカーの経営者は多いと思います。

ここで問題となるのは、検察はゴーン逮捕を決めるに際して、どのような比較考量をしたのかということです。ゴーン逮捕による損失は日産が倒産した場合数兆円に上るこことは自明のことであり、これを上回る利益が無いとゴーン逮捕という判断にはなりません。検察は、ゴーン逮捕からどんな利益がもたらされると考えたのでしょうか？もしそんな比較考量はしていない、正義の実現のためだというのなら、そこにゴーン逮捕の重大な判断ミスがあることになります。

ゴーンの当初の逮捕容疑は、有価証券報告書不実記載です。これは将来貰うことになっていた報酬を有価証券報告書に記載していなかったというものです。普通に考えれば未だ貰っていないのだから、不実記載に当たらないこととなります。検察もそれが分かって来て特別背任容疑を持ち出しました。取締役会には約350億円の損害があったと報告されたようですが、東京証券取引所には約5億円の損害と報告しており、350億円という数字はゴーン逮捕を正当化するために作られた数字であることが伺えます。それにもし350億円の損害があったとすれば、これを見逃した取締役および監査役ならびに監査法人の責任は重大です。あの賢いゴーンが容易に露見する巨額の背任を行うはずがありません。もし不正があったとしてもサウジラビアやヨルダンでの販売奨励金に個人で支払うべき金額を潜り込ませたくらいで、数億円から多くても20億円（オランダの統括会社からの報酬が不正となった場合）くらいと考えられます。それは日産社内で調査し、もし事実なら日産がゴーンに返還を求めればよい金額です。ゴーンは100億円以上の資産を持っており、返還能力はありました。何も検察が出て行ってゴーンを逮捕するような話ではなかったのです。

東京地検特捜部は、大阪地検特捜部が森友事件で活躍したことに対する対抗意識と、2018年6月から使用できるようになった司法取引制度の有効性をアピールする絶好の機会との思惑があって前のめりになったと思われます。

その結果、日本経済にもたらされる数兆円の経済損失には全く思いが至らず、ゴーン逮捕というあり得ない暴挙に至ったものと考えられます。