熊本県教育委員会の課題は総学習時間を東京並みに確保すること

5月20日の熊本日日新聞によると、熊本県教育委員会は県立高校に朝課外の廃止を検討するよう要請(指示)したということです。

朝課外は、教育課程に基づかない非正規の授業で、通常の始業時刻より約1時間早い午前7時半ごろから45分間程度実施され、「朝補習」「ゼロ時限」「早朝講座」「朝特課」とも呼ばれており、大学進学率が上昇し始めた昭和37(1962)年頃から地方の高校で始まったようです。この頃都会では学校終了後塾に行く生徒が増えており、学習塾がない地方で都会との学習格差を埋めるために始められたようです。朝課外で教えているのは同じ高校の教師であり、教師にとっては負担になっていたようです。また生徒も全員参加のようになっていたため、やる気がない生徒やその保護者から不満が出ていたようです。

課外授業は朝課外以外にも午後や夏休みにも行われていますが、これは問題となっていないことから、朝課外が問題になっているのは早朝の辛さが最大の理由だと思われます。

この問題は最近いくつかのマスコミで取り上げられていますが、真っ先に反応したのが熊本県教育委員会ということになります。廃止の理由について熊本県教育委員会は、「2022年度に本格導入された新学習指導要領は主体的、探究的学びを重視しており、新要領に沿って従来の学びを変え、授業の充実を図る必要がある。教員にはゆとりが生まれ、保護者は早朝の送迎などの負担が軽減される。」と説明しているとのことです。

もしこの記事の通りなら、今後午後や夏休みの課外も廃止されるでしょうから、熊本県の高校生の学力は一段と低下することとなります。熊本県の高校生の最大の問題点は、東京などの都会と比べ総学習時間が足りないことです。東京都の場合、小学6年生の4割が私立中学校を受験しており、そのため小学校4年生から塾に行っていると言われています。ここで1日2時間くらいの学習時間の差がついています。私立中学に行くのは全体の2割と言われていますが、ここでは学力の高い生徒に大学入試から逆算した受験教育を実施しており、都内の公立高校で太刀打ちできるのは日比谷高校くらいになっています。そのため東京都は学区制を廃止し、日比谷高校に公立希望の都内の優秀な生徒が集まるようにしています。その結果、東大合格者100名以上が普通であった時代から一時1桁名まで落ちた日比谷高校は、今では50名を超える合格者(2021年63名)を出すまで回復しています。しかし日比谷以外の公立高校は、熊本の公立高校以下のレベルであり、東京では公立高校は私立中高一貫校に行けない生徒が行く学校という位置付けです。

私立中高一貫高校と公立高校の最大の差は総学習時間にあります。私立中高一貫高校の生徒の方が公立高校の生徒より大学受験までの総学習時間が2倍多いと思われます。それは私立中高一貫校の生徒は小学校4年くらいから大学受験まで塾に通い、また学校でも多くの課外事業を受けているからです。それ以外に都会には街中に学習対象や機会が満ち溢れています。町が学習教材になっています

なぜ都会の子供がこんなに頑張って勉強するかと言うと、毎日の生活の中で学力や学歴の威力を見ているからです。学力や学歴があればいい生活ができるチャンスを掴めると実感しているからです。地方の子供にはこの部分が決定的に欠けています。

勉強するインセンティブや環境に欠ける地方において教育委員会がすべきことは、総学習時間を都会の子供に負けないくらい確保する仕組みを作ることです。そのためにかって考えられたのが朝課外であり、教育委員会が当然たどり着く施策だったと思われます。そのため朝課外を廃止するには、総学習時間を減らさない対策が確保されている必要があります。熊本県教育委員会の発表にはこの視点が入っていません。「主体的」とか「探求」という言葉を持ち出していますが、地方にはこの動機となる刺激がありませんし、これを実効性のあるものにするには、能力とやる気のある生徒を集め、かつ教員も難関大学の博士号取得者くらいの人材が必要となります。熊本で言えば熊本高校と濟々黌高校くらいでしか効果を出せません。熊本県教育委員会の朝課外廃止の理由は、このように現在の公立高校の実体を無視したものとなっています。

熊本県教育委員会が玉名高校・宇土高校・八代高校に付属中学を設けるという教育改革を実施してから10年経過していますが、中高一貫校のメリットである進学実績はとんと上がっていません。それはこの改革が当時の流行りに飛びついただけで、具体的効果を狙ったものではなかったからです。これは熊本県教育委員会の体質を良く表しています。熊本県教育委員会には結果を出すという姿勢が欠如しています。

熊本県教育委員会の現3カ年計画の目標は、熊本県の教育水準を全国中位に持っていくとなっています。これから現在の熊本県の教育水準は全国30位台であることが分かりますし、ひょっとしたら県民所得と同じく全国40位台かも知れません。TSMCの進出で熊本には半導体人材がいないことが明らかにありましたが、人材がいないのは半導体に限らずあらゆる分野です。それは熊本の教育レベルが低いことが原因です。熊本大学の偏差値は50を切っており、このレベルの学生は、東京の大企業では必要とされません。同時に人材不足が原因で大企業が熊本に進出しないことになっています。

この状況を改善するには、教育の徹底的強化が必要であり、その司令塔である熊本県教育委員会の最大の課題は、総学習時間を東京並みに確保する仕組み作りです。それはネット学習の徹底的な活用で可能となると思われます。