JR九州が肥薩線復旧に同意したわけ

4月3日JR九州と熊本県、国による「肥薩線検討会議」が開催され、肥薩線を鉄道で復旧することに「基本合意」したという報道です。「合意」ではなく「基本合意」となっていることから、この時期までに形だけでも合意する必要があったことが伺えます。それは肥薩線鉄道復旧を推進した蒲島知事の任期が4月15日に迫っていることです。肥薩線復旧問題については、昨年11月に熊本県が県と沿線自治体の費用負担をJR九州が提出していた肥薩線復旧費用試算に沿ってまとめましたが、11月30日JR九州の古宮社長は記者会見で「国の金を200億使って乗客が毎日ウン十人しか乗りませんでしたというのが本当にいいのか。我々は持続可能性、肥薩線を今後どうしていくのかというのが必要じゃないですか」と発言し、採算性の目途がたたない限りJR九州は合意しないという意志を表明しました。これに対して熊本県は、日常利用の不足を観光利用で補う案を作成しました。

今年2月13日の検討会議でJR九州は、観光開発は鉄道復旧時点で効果が出る状態になっている必要があると述べ、観光開発の具体化を求めました。しかしこれは短期間の検討では不可能であり、実質的に熊本県に肥薩線鉄道復旧の断念を迫ったように見えました。

ところが3月10日頃から状況が急変し、JR九州と熊本県は3月27日に肥薩線鉄道復旧で基本合意すると報道されました。これに対して蒲島知事は3月13日「合意に目途がたった事実はない」と否定しましたが、3月19日にはJR九州の取締役会が合意を承認したと報道されました。それでも3月27日に肥薩線検討会議は開かれず、同日の記者会見でJR九州の古宮社長は「持続可能性が問題で、熊本県がボールを握った形になっている。人口減少が見えているし、観光だけでは納得できない」「県がどのような回答を次の検討会議で返してくるか分からない。私としてはその回答を見ないと、イエスもノーも言えない」「合意は期限を切るものではない」と述べました。これを読めば普通JR九州は営利企業の筋を通して肥薩線鉄道復旧には応じない方針を決めていると思います。それが3月29日には4月3日に合意すると報道され、多くの人を混乱させました。もしこれが3月27日以前に決まっていたのなら、古宮社長の発言は公人として恥ずべきものです。

3月に入っての肥薩線鉄道復旧合意報道は完全にリークであり、リーク元は国会議員だと思われます。TSMCが熊本に第2工場を建設するという事実をTSMCが発表する前に坂本農水大臣が地元での国政報告会で喋った状況と似ています。考えられる国会議員は金子恭之衆議院議員です。金子議員は球磨郡出身で当選8回、岸田派で2021年には総務大臣に就任していますし、国交副大臣や衆議院国土交通委員長も務めており、国交省にも影響力があるように思えます。3月27日の合意日が4月3日に変更されたのは、4月6日に岸田首相が熊本に来るためでしょう。JR九州古宮社長の昨年11月30日の発言からすると、JR九州は昨年まで肥薩線鉄道復旧には応じない方針だったと考えられますが、今年に入って金子議員が中心となって国交省からJR九州に対して肥薩線鉄道復旧に応じるよう圧力がかかったと思われます。JR九州は2016年の株式上場に当たり、本来なら国に返還しなければならない経営安定化基金3,877億円を九州新幹線の前払いリース料など財務内容改善に使うことを特例として認めてもらった恩義があり、国交省の要請には逆らえません。

国交省の圧力がなくてもJR九州にとって肥薩線鉄道復旧の方がBRTより得(赤字が少ない)という経営判断があったことが考えられます。JR九州は肥薩線復旧費用を総額235億円、このうちJR九州の負担額は25億円になるという試算を肥薩線検討会議に提出していました(これがそもそも間違いだった)が、熊本県はこの試算に沿って熊本県と沿線自治体の負担割合をまとめ、更に復旧後鉄道設備の保有維持費用は熊本県と沿線自治体(大部分熊本県)が負担し、JR九州は運行だけを行う(上下分離)という案を提案しました。これでは、運行が赤字になった場合JR九州の負担になると考えられるため、今後詰められることになりますが(だから「基本合意」に留まる)、最終的には肥薩線と同じような状況にありながら復旧された福島県の奥只見線のように、運行赤字も県と沿線自治体で負担することになると予想されます。そうだとすれば、JR九州の負担は、鉄道復旧工事費の約25億円のみとなります。これを日田彦山線でJR九州が提案したBRT(線路をバス専用道にしてJR九州がバスを走らせる)にすれば、バス専用道にする工事費が鉄道復旧におけるJR九州負担額と同等程度かかる(バス専用道をこれまでの線路跡には作れない区間が多い)他、毎年運行赤字が1億円以上出ると予想されます。被災前の年間運行赤字約9億円と比べると大幅に圧縮できることから、JR九州にとってはBRTが有利だったのですが、3月までに熊本県がまとめた案によれば鉄道復旧の方がJR九州の持ち出し(工事負担額+赤字)が少なくなることになります(鉄道復旧によるJR九州の持ち出しは約25億円に対し、BRTでは工事負担額約25億円+毎年の赤字1億円)。そうであればJR九州としては損な取引ではありません。これがJR九州取締役会が肥薩線鉄道復旧を承認した最大の理由だと考えられます。しかし小宮社長としてはこれまでの主張と異なる結論になることから、不本意ではあったと思われます。そのため熊本県とJR九州にとって重要な合意の成立であるにも関わらず、蒲島知事および古宮社長出席による発表にはならなかったようにと思われます。